デカルト

私は考える、ゆえに私はある。

Descartes[1596-1650]
フランスの哲学者、数学者。近代哲学の祖。解析幾何学の創始者。ヨーロッパ各地を旅行後、32歳のときオランダに隠棲。以後21年間をこの地で過ごした。

 『方法序説』の正確なタイトルは、「理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法についての序説」である。もともと三つの科学論文(「屈折光学」「気象学」「幾何学」)への序文として書かれた(『方法序説および三試論』として1637年に出版)。公衆に読まれるべく、ラテン語ではなく、フランス語で書かれた。有名な「私は考える、ゆえに私はある」は、最初はラテン語(cogito, ergo sum)ではなく、フランス語(je pense, donc je suis)だった。この考えを専門家向けにラテン語で著したのが、デカルトの主著『省察』である。
 デカルトは懐疑を方法として用いた(方法的懐疑)。ヨーロッパ各地を旅行し、「われわれに確信を与えているものは、確かな認識であるよりも、むしろはるかにより多く習慣であり先例である」ということに気がついていたデカルトは、「ほんのわずかでも疑いを想定しうるものは絶対的に偽なるものとして投げ捨てる」というラディカルな懐疑を開始する。まず、外的感覚が疑われる(感覚は時として欺く)。次に、内的身体的感覚が疑われる(夢でも同じことが起きる)。ついには数学的真理までもが疑われる(誤った推論が導かれるよう神によって定められているかもしれない)。そして、たどり着いた結論が、「確実なものは何もない(すべては疑わしい)」だった。しかし、最後に確実なものがひとつだけ残る。それは、疑っている私の存在である。デカルトはこの疑う(考える)私の存在を哲学の第一原理として定立した(「私は考える、ゆえに私はある」)。

どんな身体も無く、どんな世界も、自分のいるどんな場所も無いとは仮想できるが、だからといって、自分は存在しないとは仮想できない。反対に、自分が他のものの真理性を疑おうと考えること自体から、きわめて明証的にきわめて確実に、私が存在することが帰着する。……わたしは一つの実体であり、その本質ないし本性は考えるということだけにあって、存在するためにどんな場所も要せず、いかなる物質的なものにも依存しない…。(「方法序説」)

 デカルトは、この考える私(精神)は、空間のなかに一定の広がりをもち、分割可能な物体とは異なる実体であると考えた。いわゆる物心二元論である。もちろん、この物体には身体も含まれるから、心身二元論となる。デカルトは、『情念論』(1649年)のなかで、人間の精神と身体は脳の「松果腺」という部分でつながると説明し、両者の相互作用について論じた。しかし、この心身問題(心と体の関係)は大きな哲学的課題として後世に残されることになる。
 死の前年、デカルトは若きスウェーデン女王クリスティナに私講義を請われて、ストックホルムに赴く。デカルトは生まれつき体が弱く、朝寝の習慣があったが、女王は自らの公務の都合から、週3回、朝の5時に開始するよう命じた。講義を始めてわずか1ヵ月後、北国の真冬の早朝伺候(しこう)が災いし、デカルトは肺炎にかかって急逝した。

情念論
デカルト/谷川多佳子訳(岩波文庫)
「松果腺」は科学的に間違っている。だが、脳をいくら解剖してみても、脳の活性化している部位をいくら観察してみても、精神の所在はわからない。