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	<title>パンダのてつがく</title>
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	<description>イラストレーションと批評による哲学入門</description>
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		<title>ブレーズ・パスカル</title>
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		<pubDate>Mon, 16 Jan 2012 06:57:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>agopan-ihara</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[哲学をばかにすることこそ、
真に哲学することである。

Blaise Pascal［1623－62］
フランスの哲学者、数学者、科学者。パスカルの定理、パスカルの原理などで知られる。確率論の創始者、世界初の機械式計算機（パスカリーヌ）の発明家でもある。哲学的にはキリスト教ジャンセニスム派の支持者としてキリスト教護教論を展開した。病気がちで39歳という若さで亡くなった。







　パスカルの主著『パンセ』は遺稿集である。パスカルの死後、1670年に出版された。正式な書名は『死後遺稿のなかに発見された、宗教および他の若干の問題についてのパスカル氏のパンセ』。「考えること」（penser）、その成果としての「思想」（pensée）、そしてその複数形が「パンセ」（pensées）である。「キリスト教護教論」として計画されたが未完に終わり、全体の5分の2弱にあたる草稿断片（1000近い断章が書き込まれたおよそ800枚の紙片）が残された。400ほどの断章を選び出して加筆した前述の「ポール・ロワイヤル版」を始め、『パンセ』にはいくつもの版が存在する。
　フランスの哲学者デカルトの著作は後輩のパスカルに強い影響を与えたに違いないが、デカルトとの哲学的アプローチの違いは明白だった。パスカルは『パンセ』のなかでデカルトのことを「無益で不確実なデカルト」と呼んでいる。デカルトは自らの哲学の基礎づけのために神を必要としたが、パスカルにとっては、むしろ魂の救済や神への信仰を基礎づけるものとして哲学が必要だったのである。
　「人間は考える葦である」という警句もそうした文脈において読まれなければならない。




人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは考える葦である。…宇宙が彼をおしつぶしても、人間はかれを殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬことと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。（「パンセ」）




　「偉大さと惨めさ」の折衷こそが人間の置かれた状態である。そして、その本性は、高貴な動物にして下劣な天使。パスカルの人間学はこうしたオクシモロン（撞着語法）に貫かれている。「人間は、自分を動物に等しいと思っても、天使に等しいと思ってもならない。両方を知らずにいてもいけない。どちらをも知るべきである」。
　人間の思惟は偉大だとしても、神は人知を超えた存在である。神の存在は理性による推論（「幾何学的精神」）ではなく、心による直感（「繊細の精神」）でつかむほかない。パスカルにとって、信仰とは「賭け」（「神がいる」ほうに賭けること）にほかならなかった。
　パスカルが31歳のとき実際に神秘体験をしたことは伝記的な事実である（彼はその体験をのちに「メモリアル（覚え書）」と呼ばれる一枚の紙片に記し、胴衣の裏に縫い込んで終生持ち歩いた）。徹底したキリスト者としての禁欲生活が彼の寿命を縮めたことは間違いない。今際の言葉は、「神が決して私を捨てたまわないように」だった。




パンセ
 パスカル／前田陽一・由木康訳（中公文庫）
「クレオパトラの鼻」「考える葦」といったフレーズで有名なパスカルの断想集。あなたもお気に入りの名句（「いいね！」）を探してみよう。



]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>哲学をばかにすることこそ、<br />
真に哲学することである。</h3>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/profile_baner.jpg" width="455" height="57"/></p>
<h4><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2012/01/パスカル.jpg" alt="" title="" width="90" height="110" class="alignnone size-full wp-image-625" /><strong>Blaise Pascal［1623－62］</strong><br />
フランスの哲学者、数学者、科学者。パスカルの定理、パスカルの原理などで知られる。確率論の創始者、世界初の機械式計算機（パスカリーヌ）の発明家でもある。哲学的にはキリスト教ジャンセニスム派の支持者としてキリスト教護教論を展開した。病気がちで39歳という若さで亡くなった。</h4>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
<div id="manga">
<div id="manga-img">
<p id="mycycle" jg="cycle" jg:cycle="fx:'scrollRight',speed:1500,timeout:0,next:'#mycycle',pause:1"><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2012/01/0.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-628" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2012/01/11.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-633" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2012/01/22.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-637" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2012/01/33.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-654" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2012/01/42.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-639" /></p>
</div>
</div>
<p>
　パスカルの主著『パンセ』は遺稿集である。パスカルの死後、1670年に出版された。正式な書名は『死後遺稿のなかに発見された、宗教および他の若干の問題についてのパスカル氏のパンセ』。「考えること」（penser）、その成果としての「思想」（pensée）、そしてその複数形が「パンセ」（pensées）である。「キリスト教護教論」として計画されたが未完に終わり、全体の5分の2弱にあたる草稿断片（1000近い断章が書き込まれたおよそ800枚の紙片）が残された。400ほどの断章を選び出して加筆した前述の「ポール・ロワイヤル版」を始め、『パンセ』にはいくつもの版が存在する。<br />
　フランスの哲学者デカルトの著作は後輩のパスカルに強い影響を与えたに違いないが、デカルトとの哲学的アプローチの違いは明白だった。パスカルは『パンセ』のなかでデカルトのことを「無益で不確実なデカルト」と呼んでいる。デカルトは自らの哲学の基礎づけのために神を必要としたが、パスカルにとっては、むしろ魂の救済や神への信仰を基礎づけるものとして哲学が必要だったのである。<br />
　「人間は考える葦である」という警句もそうした文脈において読まれなければならない。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_head.jpg" width="455" height="20"/></p>
<div id="quotation">
<p>
人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは考える葦である。…宇宙が彼をおしつぶしても、人間はかれを殺すものより尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬことと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。（「パンセ」）
</p>
</div>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_foot.jpg" width="455" height="25"/></p>
<p>
　「偉大さと惨めさ」の折衷こそが人間の置かれた状態である。そして、その本性は、高貴な動物にして下劣な天使。パスカルの人間学はこうしたオクシモロン（撞着語法）に貫かれている。「人間は、自分を動物に等しいと思っても、天使に等しいと思ってもならない。両方を知らずにいてもいけない。どちらをも知るべきである」。<br />
　人間の思惟は偉大だとしても、神は人知を超えた存在である。神の存在は理性による推論（「幾何学的精神」）ではなく、心による直感（「繊細の精神」）でつかむほかない。パスカルにとって、信仰とは「賭け」（「神がいる」ほうに賭けること）にほかならなかった。<br />
　パスカルが31歳のとき実際に神秘体験をしたことは伝記的な事実である（彼はその体験をのちに「メモリアル（覚え書）」と呼ばれる一枚の紙片に記し、胴衣の裏に縫い込んで終生持ち歩いた）。徹底したキリスト者としての禁欲生活が彼の寿命を縮めたことは間違いない。今際の言葉は、「神が決して私を捨てたまわないように」だった。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/book_baner.jpg" width="455" height="68"/></p>
<div id="book">
<p>
<img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2012/01/パンセ.jpg" alt="" title="" width="127" height="183" class="alignnone size-full wp-image-643" /><strong>パンセ</strong><br />
<span> パスカル／前田陽一・由木康訳（中公文庫）</span><br />
「クレオパトラの鼻」「考える葦」といったフレーズで有名なパスカルの断想集。あなたもお気に入りの名句（「いいね！」）を探してみよう。
</p>
</div>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
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		<title>ホッブズ</title>
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		<pubDate>Tue, 07 Sep 2010 02:27:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>agopan-ihara</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[自然状態は、戦争状態である。

Hobbes［1588－1679］
イギリスの哲学者。近代国家論の創始者。貴族をパトロンとして生計を立てる。ピューリタン革命を逃れ、パリに亡命。54歳のときパリで出版した『市民論』（1642年）が哲学者としての実質的なデビュー作。63歳のとき、主著『リヴァイアサン』（1651年）をロンドンで出版。享年91歳。







　ホッブズはまず『リヴァイアサン』を人間の本性の分析から始めている。人間は、生まれてから死に至るまで生命活動をし続ける運動体であり、この運動の継続（自己保存）こそが人間にとっての最高の価値である。　
　自然状態において、各人は自己保存の権利（自己保存のためには何をしてもよい無制限の自由）をもっている。したがって、自然状態は戦争状態（万人は万人にとって狼）である。人々は、絶えざる恐怖と、暴力による死の危険に脅かされている。
　この状態を止めるには、各人が自己の権利（自由）の一部（そのすべてではない）を譲り渡す必要がある。ここで呼び出されるのが、「リヴァイアサン」である。




「私はみずからを統治する権利を、この人間または人間の合議体に完全に譲渡することを、つぎの条件のもとに認める。その条件とは、きみもきみの権利を譲渡し、彼のすべての活動を承認することだ」。これが達成され、多数の人々が一個の人格に結合統一されたとき、それは《コモンウェルス》〔共通の利益=国家〕…と呼ばれる。かくてかの偉大なる《大怪物》（リヴァイアサン）が誕生する。（「リヴァイアサン」）



　「リヴァイアサン」は、旧約聖書「ヨブ記」に出てくる「地上に比較されうる何ものもなく、恐れを知らぬように創られた」巨大な海の怪獣である。ここでは、全成員の意志を代表する主権者としての国家であり、平和を維持するために絶対的な権力をもつ。
　ホッブズは社会契約によって国家を作り、国民が国家としての主権者（および法）に従うことによって平和が確立されると説いた。主権者が存在する唯一の目的は、国民の平和と安全であり、その目的に反するいかなることをなす権限も、主権者には与えられていない。
　『リヴァイアサン』の口絵には、剣と牧杖（ぼくじょう）を手にもって平和な田園風景を見下ろしている巨人が描かれている。この巨人は、よく見ると、小さく描かれた無数の人間が寄り集まってできている。リヴァイアサンは、体は人民、頭は主権者でできた国家という《怪物》である。
　ホッブズは、革命の時代に、ひとりの主権者（王）による支配（絶対王政）を正当化した保守派のイデオローグのように見えるけれども、それは誤りである。『リヴァイアサン』は、1649年、イングランドでチャールズ１世が処刑され、共和国が樹立されたのを受けて書かれた。
　ホッブズは共和政の支持者でも王政の支持者でもなかった（ホッブズは、議会派・王党派の両派から受け入れられ、また危険視された）。ホッブズにとって重要だったのは、共和政であれ、王政であれ、内乱を克服し平和を維持する強大な力をもった国家（リヴァイアサン）だったのである。



リヴァイアサン（全４巻）
ホッブズ／水田洋訳（岩波文庫）
絶対王政からピューリタン革命をへて王政復古へ。この未曾有の内乱の時代に国家の起源について原理的に考察。のちのロックやルソーの「社会契約説」に決定的な影響を与えた。


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>自然状態は、戦争状態である。</h3>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/profile_baner.jpg" width="455" height="57"/></p>
<h4><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/09/ホッブズ.jpg" alt="" title="" width="90" height="110" class="alignnone size-full wp-image-610" /><strong>Hobbes［1588－1679］</strong><br />
イギリスの哲学者。近代国家論の創始者。貴族をパトロンとして生計を立てる。ピューリタン革命を逃れ、パリに亡命。54歳のときパリで出版した『市民論』（1642年）が哲学者としての実質的なデビュー作。63歳のとき、主著『リヴァイアサン』（1651年）をロンドンで出版。享年91歳。</h4>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
<div id="manga">
<div id="manga-img">
<p id="mycycle" jg="cycle" jg:cycle="fx:'scrollRight',speed:1500,timeout:0,next:'#mycycle',pause:1"><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/09/0.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-609" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/09/1.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-608" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/09/2.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-607" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/09/3.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-606" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/09/4.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-605" /></p>
</div>
</div>
<p>
　ホッブズはまず『リヴァイアサン』を人間の本性の分析から始めている。人間は、生まれてから死に至るまで生命活動をし続ける運動体であり、この運動の継続（自己保存）こそが人間にとっての最高の価値である。　<br />
　自然状態において、各人は自己保存の権利（自己保存のためには何をしてもよい無制限の自由）をもっている。したがって、自然状態は戦争状態（万人は万人にとって狼）である。人々は、絶えざる恐怖と、暴力による死の危険に脅かされている。<br />
　この状態を止めるには、各人が自己の権利（自由）の一部（そのすべてではない）を譲り渡す必要がある。ここで呼び出されるのが、「リヴァイアサン」である。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_head.jpg" width="455" height="20"/></p>
<div id="quotation">
<p>
「私はみずからを統治する権利を、この人間または人間の合議体に完全に譲渡することを、つぎの条件のもとに認める。その条件とは、きみもきみの権利を譲渡し、彼のすべての活動を承認することだ」。これが達成され、多数の人々が一個の人格に結合統一されたとき、それは《コモンウェルス》〔共通の利益=国家〕…と呼ばれる。かくてかの偉大なる《大怪物》（リヴァイアサン）が誕生する。（「リヴァイアサン」）
</p>
</div>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_foot.jpg" width="455" height="25"/></p>
<p>　「リヴァイアサン」は、旧約聖書「ヨブ記」に出てくる「地上に比較されうる何ものもなく、恐れを知らぬように創られた」巨大な海の怪獣である。ここでは、全成員の意志を代表する主権者としての国家であり、平和を維持するために絶対的な権力をもつ。<br />
　ホッブズは社会契約によって国家を作り、国民が国家としての主権者（および法）に従うことによって平和が確立されると説いた。主権者が存在する唯一の目的は、国民の平和と安全であり、その目的に反するいかなることをなす権限も、主権者には与えられていない。<br />
　『リヴァイアサン』の口絵には、剣と牧杖（ぼくじょう）を手にもって平和な田園風景を見下ろしている巨人が描かれている。この巨人は、よく見ると、小さく描かれた無数の人間が寄り集まってできている。リヴァイアサンは、体は人民、頭は主権者でできた国家という《怪物》である。<br />
　ホッブズは、革命の時代に、ひとりの主権者（王）による支配（絶対王政）を正当化した保守派のイデオローグのように見えるけれども、それは誤りである。『リヴァイアサン』は、1649年、イングランドでチャールズ１世が処刑され、共和国が樹立されたのを受けて書かれた。<br />
　ホッブズは共和政の支持者でも王政の支持者でもなかった（ホッブズは、議会派・王党派の両派から受け入れられ、また危険視された）。ホッブズにとって重要だったのは、共和政であれ、王政であれ、内乱を克服し平和を維持する強大な力をもった国家（リヴァイアサン）だったのである。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/book_baner.jpg" width="455" height="68"/></p>
<div id="book">
<p><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/09/リヴァイアサン.jpg" alt="" title="" width="127" height="182" class="alignnone size-full wp-image-613" /><strong>リヴァイアサン（全４巻）</strong><br />
<span>ホッブズ／水田洋訳（岩波文庫）</span><br />
絶対王政からピューリタン革命をへて王政復古へ。この未曾有の内乱の時代に国家の起源について原理的に考察。のちのロックやルソーの「社会契約説」に決定的な影響を与えた。</p>
</div>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
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		<title>デカルト</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Aug 2010 06:18:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>agopan-ihara</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[私は考える、ゆえに私はある。

Descartes［1596－1650］
フランスの哲学者、数学者。近代哲学の祖。解析幾何学の創始者。ヨーロッパ各地を旅行後、32歳のときオランダに隠棲。以後21年間をこの地で過ごした。







　『方法序説』の正確なタイトルは、「理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法についての序説」である。もともと三つの科学論文（「屈折光学」「気象学」「幾何学」）への序文として書かれた（『方法序説および三試論』として1637年に出版）。公衆に読まれるべく、ラテン語ではなく、フランス語で書かれた。有名な「私は考える、ゆえに私はある」は、最初はラテン語（cogito, ergo sum）ではなく、フランス語（je pense, donc je suis）だった。この考えを専門家向けにラテン語で著したのが、デカルトの主著『省察』である。
　デカルトは懐疑を方法として用いた（方法的懐疑）。ヨーロッパ各地を旅行し、「われわれに確信を与えているものは、確かな認識であるよりも、むしろはるかにより多く習慣であり先例である」ということに気がついていたデカルトは、「ほんのわずかでも疑いを想定しうるものは絶対的に偽なるものとして投げ捨てる」というラディカルな懐疑を開始する。まず、外的感覚が疑われる（感覚は時として欺く）。次に、内的身体的感覚が疑われる（夢でも同じことが起きる）。ついには数学的真理までもが疑われる（誤った推論が導かれるよう神によって定められているかもしれない）。そして、たどり着いた結論が、「確実なものは何もない（すべては疑わしい）」だった。しかし、最後に確実なものがひとつだけ残る。それは、疑っている私の存在である。デカルトはこの疑う（考える）私の存在を哲学の第一原理として定立した（「私は考える、ゆえに私はある」）。




どんな身体も無く、どんな世界も、自分のいるどんな場所も無いとは仮想できるが、だからといって、自分は存在しないとは仮想できない。反対に、自分が他のものの真理性を疑おうと考えること自体から、きわめて明証的にきわめて確実に、私が存在することが帰着する。……わたしは一つの実体であり、その本質ないし本性は考えるということだけにあって、存在するためにどんな場所も要せず、いかなる物質的なものにも依存しない…。（「方法序説」）




　デカルトは、この考える私（精神）は、空間のなかに一定の広がりをもち、分割可能な物体とは異なる実体であると考えた。いわゆる物心二元論である。もちろん、この物体には身体も含まれるから、心身二元論となる。デカルトは、『情念論』（1649年）のなかで、人間の精神と身体は脳の「松果腺」という部分でつながると説明し、両者の相互作用について論じた。しかし、この心身問題（心と体の関係）は大きな哲学的課題として後世に残されることになる。
　死の前年、デカルトは若きスウェーデン女王クリスティナに私講義を請われて、ストックホルムに赴く。デカルトは生まれつき体が弱く、朝寝の習慣があったが、女王は自らの公務の都合から、週３回、朝の５時に開始するよう命じた。講義を始めてわずか１ヵ月後、北国の真冬の早朝伺候（しこう）が災いし、デカルトは肺炎にかかって急逝した。




情念論
デカルト／谷川多佳子訳（岩波文庫）
「松果腺」は科学的に間違っている。だが、脳をいくら解剖してみても、脳の活性化している部位をいくら観察してみても、精神の所在はわからない。


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>私は考える、ゆえに私はある。</h3>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/profile_baner.jpg" width="455" height="57"/></p>
<h4><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/08/Descartes.jpg" alt="" title="" width="90" height="110" class="alignnone size-full wp-image-578" /><strong>Descartes［1596－1650］</strong><br />
フランスの哲学者、数学者。近代哲学の祖。解析幾何学の創始者。ヨーロッパ各地を旅行後、32歳のときオランダに隠棲。以後21年間をこの地で過ごした。</h4>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
<div id="manga">
<div id="manga-img">
<p id="mycycle" jg="cycle" jg:cycle="fx:'scrollRight',speed:1500,timeout:0,next:'#mycycle',pause:1"><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/08/01.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-599" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/08/1.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-585" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/08/2.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-584" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/08/3.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-583" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/08/4.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-582" /></p>
</div>
</div>
<p>
　『方法序説』の正確なタイトルは、「理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法についての序説」である。もともと三つの科学論文（「屈折光学」「気象学」「幾何学」）への序文として書かれた（『方法序説および三試論』として1637年に出版）。公衆に読まれるべく、ラテン語ではなく、フランス語で書かれた。有名な「私は考える、ゆえに私はある」は、最初はラテン語（cogito, ergo sum）ではなく、フランス語（je pense, donc je suis）だった。この考えを専門家向けにラテン語で著したのが、デカルトの主著『省察』である。<br />
　デカルトは懐疑を方法として用いた（方法的懐疑）。ヨーロッパ各地を旅行し、「われわれに確信を与えているものは、確かな認識であるよりも、むしろはるかにより多く習慣であり先例である」ということに気がついていたデカルトは、「ほんのわずかでも疑いを想定しうるものは絶対的に偽なるものとして投げ捨てる」というラディカルな懐疑を開始する。まず、外的感覚が疑われる（感覚は時として欺く）。次に、内的身体的感覚が疑われる（夢でも同じことが起きる）。ついには数学的真理までもが疑われる（誤った推論が導かれるよう神によって定められているかもしれない）。そして、たどり着いた結論が、「確実なものは何もない（すべては疑わしい）」だった。しかし、最後に確実なものがひとつだけ残る。それは、疑っている私の存在である。デカルトはこの疑う（考える）私の存在を哲学の第一原理として定立した（「私は考える、ゆえに私はある」）。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_head.jpg" width="455" height="20"/></p>
<div id="quotation">
<p>
どんな身体も無く、どんな世界も、自分のいるどんな場所も無いとは仮想できるが、だからといって、自分は存在しないとは仮想できない。反対に、自分が他のものの真理性を疑おうと考えること自体から、きわめて明証的にきわめて確実に、私が存在することが帰着する。……わたしは一つの実体であり、その本質ないし本性は考えるということだけにあって、存在するためにどんな場所も要せず、いかなる物質的なものにも依存しない…。（「方法序説」）
</p>
</div>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_foot.jpg" width="455" height="25"/></p>
<p>
　デカルトは、この考える私（精神）は、空間のなかに一定の広がりをもち、分割可能な物体とは異なる実体であると考えた。いわゆる物心二元論である。もちろん、この物体には身体も含まれるから、心身二元論となる。デカルトは、『情念論』（1649年）のなかで、人間の精神と身体は脳の「松果腺」という部分でつながると説明し、両者の相互作用について論じた。しかし、この心身問題（心と体の関係）は大きな哲学的課題として後世に残されることになる。<br />
　死の前年、デカルトは若きスウェーデン女王クリスティナに私講義を請われて、ストックホルムに赴く。デカルトは生まれつき体が弱く、朝寝の習慣があったが、女王は自らの公務の都合から、週３回、朝の５時に開始するよう命じた。講義を始めてわずか１ヵ月後、北国の真冬の早朝伺候（しこう）が災いし、デカルトは肺炎にかかって急逝した。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/book_baner.jpg" width="455" height="68"/></p>
<div id="book">
<p>
<img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/08/jounenron2.jpg" alt="" title="" width="143" height="200" class="alignnone size-full wp-image-592" /><strong>情念論</strong><br />
<span>デカルト／谷川多佳子訳（岩波文庫）</span><br />
「松果腺」は科学的に間違っている。だが、脳をいくら解剖してみても、脳の活性化している部位をいくら観察してみても、精神の所在はわからない。</p>
</div>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
]]></content:encoded>
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		<title>フランシス・ベイコン</title>
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		<pubDate>Fri, 18 Jun 2010 10:42:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>agopan-ihara</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.agopan-ihara.com/?p=540</guid>
		<description><![CDATA[知は力なり。

Francis Bacon［1561－1626］
イギリスの哲学者、政治家。科学的方法の先駆者。ジェイムズ１世のもとで大法官を勤めたが、収賄罪で失脚。以後、著作と研究に専念した。冷凍保存の実験中に風邪をひいて死去。







　スコラ哲学は、神の意思をめぐる空虚な無数の論争に明け暮れた。それは真理のための真理であり、論争のための論争である。それは魂の救済に役立つかもしれないが、人間の生活からはあまりにもかけ離れていた。哲学および学問は人間の生活を益するものでなければならない。それがベイコンの考えであった。
　ベイコンによれば、人間には神によって２巻の書物が与えられている。ひとつは神の意思を啓く聖書であり、もうひとつは神の知恵と力を表わす自然である。この自然という書物の理解と解明こそが、新しい学問の使命であり、それは人間の生活の改善に役立つ（「知は力なり」）。
　自然を正しく認識するためには、観察と実験が不可欠である。ベイコンは、アリストテレス以来の演繹法（前提から経験によらないで論理的手続きのみに基づいて結論を導くこと）を否定し、科学的方法としての帰納法（個々の具体的な事実から広く一般に通ずる結論を導き出すこと）を提唱した。
　ベイコンは、正しい知識獲得の妨げとなるような偏見や先入観のことをイドラ（幻像）と呼んだ。ベイコンによれば、人間の精神を占領しているイドラには４種類ある。
　「種族のイドラ」は、人間という種族の本性に基づくもので、人類共通のものである。人間の感覚は事物の本性を正確に捉えることができない。例えば、天動説。
　「洞窟のイドラ」は、各個人に属するもので、各人固有のものである。例えば、個人の性癖、受けた教育、他人との交わり、読んだ書物、尊敬する人々の権威などが洞窟となる。
　「市場のイドラ」は、人間相互の接触と交際から起こるもので、おもに言葉を介して生じるものである。それは４つのイドラのうちでもっともやっかいなものである。



人々は自分の理性が言語を支配すると信じているが、しかし言語が知性に反作用して、知性を動かすこともおこるのであって、このことこそ、哲学と諸学を詭弁に走らせ、無為無能にしたのである。（「ノヴム・オルガヌム」）



　「劇場のイドラ」は、哲学の様々な学説や証明の誤った規則から生じる。学問の世界は劇場であり、学説体系は舞台の上で演じられる演劇である。現代の言葉でいえば、イデオロギーやパラダイムに相当する。
　神の被造物としての人間の精神は「全世界の像を映すことのできる鏡」なのだが、これら４つの強固なイドラによって歪んでおり、正しい世界の姿を変形させているのである。
　晩冬のある日、馬車ででかけたベイコンは降り積もった雪を見て、それを食料保存に利用できるのではないかと思いついた。すぐさま実験にとりかかった彼は悪寒を覚え、その数日後おそらく気管支炎のため他界した。
　彼の遺志は世界最初の科学アカデミーであるロイヤル・ソサイエティ（王立協会）やニュートンを始めとする多くの科学者たちによって受け継がれた。



ニュー・アトランティス
ベーコン／川西進訳（岩波文庫）
ベイコンが晩年に書いたユートピア物語。太平洋上の孤島「ベンサレムの国」を描く。この国では科学によって異様なほど文明が進んでいる。21世紀の私たちの目から、17世紀の知識人が夢想した未来（例えばレコードや飛行機の発明）を検証するのはなかなか楽しい。



]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>知は力なり。</h3>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/profile_baner.jpg" width="455" height="57"/></p>
<h4><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/06/bacon.jpg" alt="" title="" width="90" height="110" class="alignnone size-full wp-image-541" /><strong>Francis Bacon［1561－1626］</strong><br />
イギリスの哲学者、政治家。科学的方法の先駆者。ジェイムズ１世のもとで大法官を勤めたが、収賄罪で失脚。以後、著作と研究に専念した。冷凍保存の実験中に風邪をひいて死去。</h4>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
<div id="manga">
<div id="manga-img">
<p id="mycycle" jg="cycle" jg:cycle="fx:'scrollRight',speed:1500,timeout:0,next:'#mycycle',pause:1"><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/06/0.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-549" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/06/1.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-548" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/06/2.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-547" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/06/3.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-546" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/06/4.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-545" /></p>
</div>
</div>
<p>
　スコラ哲学は、神の意思をめぐる空虚な無数の論争に明け暮れた。それは真理のための真理であり、論争のための論争である。それは魂の救済に役立つかもしれないが、人間の生活からはあまりにもかけ離れていた。哲学および学問は人間の生活を益するものでなければならない。それがベイコンの考えであった。<br />
　ベイコンによれば、人間には神によって２巻の書物が与えられている。ひとつは神の意思を啓く聖書であり、もうひとつは神の知恵と力を表わす自然である。この自然という書物の理解と解明こそが、新しい学問の使命であり、それは人間の生活の改善に役立つ（「知は力なり」）。<br />
　自然を正しく認識するためには、観察と実験が不可欠である。ベイコンは、アリストテレス以来の演繹法（前提から経験によらないで論理的手続きのみに基づいて結論を導くこと）を否定し、科学的方法としての帰納法（個々の具体的な事実から広く一般に通ずる結論を導き出すこと）を提唱した。<br />
　ベイコンは、正しい知識獲得の妨げとなるような偏見や先入観のことをイドラ（幻像）と呼んだ。ベイコンによれば、人間の精神を占領しているイドラには４種類ある。<br />
　「種族のイドラ」は、人間という種族の本性に基づくもので、人類共通のものである。人間の感覚は事物の本性を正確に捉えることができない。例えば、天動説。<br />
　「洞窟のイドラ」は、各個人に属するもので、各人固有のものである。例えば、個人の性癖、受けた教育、他人との交わり、読んだ書物、尊敬する人々の権威などが洞窟となる。<br />
　「市場のイドラ」は、人間相互の接触と交際から起こるもので、おもに言葉を介して生じるものである。それは４つのイドラのうちでもっともやっかいなものである。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_head.jpg" width="455" height="20"/></p>
<div id="quotation">
<p>人々は自分の理性が言語を支配すると信じているが、しかし言語が知性に反作用して、知性を動かすこともおこるのであって、このことこそ、哲学と諸学を詭弁に走らせ、無為無能にしたのである。（「ノヴム・オルガヌム」）</p>
</div>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_foot.jpg" width="455" height="25"/></p>
<p>
　「劇場のイドラ」は、哲学の様々な学説や証明の誤った規則から生じる。学問の世界は劇場であり、学説体系は舞台の上で演じられる演劇である。現代の言葉でいえば、イデオロギーやパラダイムに相当する。<br />
　神の被造物としての人間の精神は「全世界の像を映すことのできる鏡」なのだが、これら４つの強固なイドラによって歪んでおり、正しい世界の姿を変形させているのである。<br />
　晩冬のある日、馬車ででかけたベイコンは降り積もった雪を見て、それを食料保存に利用できるのではないかと思いついた。すぐさま実験にとりかかった彼は悪寒を覚え、その数日後おそらく気管支炎のため他界した。<br />
　彼の遺志は世界最初の科学アカデミーであるロイヤル・ソサイエティ（王立協会）やニュートンを始めとする多くの科学者たちによって受け継がれた。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/book_baner.jpg" width="455" height="68"/></p>
<div id="book">
<p><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/06/NA.jpg" alt="" title="" width="127" height="181" class="alignnone size-full wp-image-554" /><strong>ニュー・アトランティス</strong><br />
<span>ベーコン／川西進訳（岩波文庫）</span><br />
ベイコンが晩年に書いたユートピア物語。太平洋上の孤島「ベンサレムの国」を描く。この国では科学によって異様なほど文明が進んでいる。21世紀の私たちの目から、17世紀の知識人が夢想した未来（例えばレコードや飛行機の発明）を検証するのはなかなか楽しい。
</p>
</div>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
]]></content:encoded>
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		<title>トマス・モア</title>
		<link>http://www.agopan-ihara.com/more</link>
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		<pubDate>Thu, 18 Mar 2010 08:38:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>agopan-ihara</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[しかしもう一つの、もっと社会の
現実生活に合った哲学があります。
それは、自分の登場する幕を知っていて
上演中の作品に自分をあわせ、
自分の配役を型どおりに
立派に演じる哲学…です。

Thomas More［1478－1535］
イギリスの人文主義者、法律家、政治家。敬虔なカトリック教徒。ヘンリー８世のもとで大法官。ヘンリーの離婚問題に絡み、国王を英国教会の首長とするイギリス版宗教改革に反対したため投獄。反逆罪のかどで処刑された。







　トマス・モアは哲学者というより、ルネサンスの人文主義者といったほうが適切である。人文主義者（ヒューマニスト）とは「人間に関する学問をする人」という意味であり、古代ギリシア・ローマの古典研究を通じて中世的な宗教的世界観から人間を解放することを目指した。モアはルネサンス最大の人文主義者であったオランダのエラスムスと親交を結び、主著『ユートピア』（1516年）は当時のリンガ・フランカ（国際共通語）であったラテン語で書かれている。
　ユートピア（Utopia）はモアの造語で、ギリシャ語で「どこにもない（=ou）場所（=topos）」という意味である。架空の理想郷ユートピアが映しだすのは、そのネガとしての現実のイギリス、ヨーロッパ社会であり、自由な人間社会の考察がモアの人文主義者としての面貌をあらわしている。
　ユートピア島の詳細な記述は地理、職業、生活、風俗、教育、貿易、奴隷、軍事、宗教にまで及ぶ。なかでも注目すべきは、私有財産制と貨幣の廃止である。




ユートピアでは、貨幣の使用全廃とともに貨幣にたいする欲望が完全に消滅させられました。それ以来、なんと多くの煩雑な重荷がかたづけられ、なんと多くの悪の穂が根こそぎ抜き取られてしまったことでしょう。詐欺、盗み、強盗、争い、騒擾（そうじょう）、けんか、反乱、殺人、謀反、毒殺など、…そういったものはすべて、貨幣を廃止すると同時に死滅してしまい、そのうえ恐怖、心配、思いわずらい、苦労、徹夜というようなものも貨幣が消滅した瞬間に消滅し、おまけに、これだけが貨幣を必要としているように見えるもの、つまり貧困さえもが、貨幣がどこでも全廃されればさっそく消えてしまいます。（「ユートピア」）



　モアをたんなる空想的な社会主義者ととらえるのは誤りである。『ユートピア』は著者のトマス・モアが旅行者ヒュトロダエウスからユートピア島についての話を聞くという構成になっている（新大陸発見の時期と重なる）。ヒュトロダエウスが「私は、私有財産がまず廃止されないかぎり、ものが、どんな意味においてであれ平等、公正に分配されることはなく、人間生活の全体が幸福になるということもないと確信しております」といえば、登場人物のモアは「自己利得という動機から労働に駆りたてられることもなく、他人の勤労をあてにする気持で怠け者になり、だれしも働かなくなるようになれば、物資の豊富な供給などはいったいどうしてありえましょうか」と応じている。
　国王の命を受けて痛烈なプロテスタント批判（『反ルター論』）を書いたモアが最後に選んだ役は、カトリックの殉教者の役だった。投獄、裁判、処刑にいたるまで見事にその役を演じきったモアの最後の言葉は「国王のよきしもべとして、だが、まず第一に神のしもべとして死ぬ」だった。


ユートピア
トマス・モア／沢田昭夫訳（中公文庫）
『ユートピア』は、その後のユートピア文学の元祖になっただけではなく、未来の「どこにもない場所」を描くＳＦの原型ともなった。合理的な理想社会と徹底した管理社会は紙一重である。20世紀のディストピア（反ユートピア）小説は、その恐怖を描いている。


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>しかしもう一つの、もっと社会の<br />
現実生活に合った哲学があります。<br />
それは、自分の登場する幕を知っていて<br />
上演中の作品に自分をあわせ、<br />
自分の配役を型どおりに<br />
立派に演じる哲学…です。</h3>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/profile_baner.jpg" width="455" height="57"/></p>
<h4><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/03/トマス・モア.jpg" alt="" title="" width="90" height="110" class="alignnone size-full wp-image-478" /><strong>Thomas More［1478－1535］</strong><br />
イギリスの人文主義者、法律家、政治家。敬虔なカトリック教徒。ヘンリー８世のもとで大法官。ヘンリーの離婚問題に絡み、国王を英国教会の首長とするイギリス版宗教改革に反対したため投獄。反逆罪のかどで処刑された。</h4>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
<div id="manga">
<div id="manga-img">
<p id="mycycle" jg="cycle" jg:cycle="fx:'scrollRight',speed:1500,timeout:0,next:'#mycycle',pause:1"><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/03/0w1.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-495" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/03/12.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-526" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/03/21.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-498" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/03/3.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-480" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/03/41.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-492" /></p>
</div>
</div>
<p>
　トマス・モアは哲学者というより、ルネサンスの人文主義者といったほうが適切である。人文主義者（ヒューマニスト）とは「人間に関する学問をする人」という意味であり、古代ギリシア・ローマの古典研究を通じて中世的な宗教的世界観から人間を解放することを目指した。モアはルネサンス最大の人文主義者であったオランダのエラスムスと親交を結び、主著『ユートピア』（1516年）は当時のリンガ・フランカ（国際共通語）であったラテン語で書かれている。<br />
　ユートピア（Utopia）はモアの造語で、ギリシャ語で「どこにもない（=ou）場所（=topos）」という意味である。架空の理想郷ユートピアが映しだすのは、そのネガとしての現実のイギリス、ヨーロッパ社会であり、自由な人間社会の考察がモアの人文主義者としての面貌をあらわしている。<br />
　ユートピア島の詳細な記述は地理、職業、生活、風俗、教育、貿易、奴隷、軍事、宗教にまで及ぶ。なかでも注目すべきは、私有財産制と貨幣の廃止である。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_head.jpg" width="455" height="20"/></p>
<div id="quotation">
<p>
ユートピアでは、貨幣の使用全廃とともに貨幣にたいする欲望が完全に消滅させられました。それ以来、なんと多くの煩雑な重荷がかたづけられ、なんと多くの悪の穂が根こそぎ抜き取られてしまったことでしょう。詐欺、盗み、強盗、争い、騒擾（そうじょう）、けんか、反乱、殺人、謀反、毒殺など、…そういったものはすべて、貨幣を廃止すると同時に死滅してしまい、そのうえ恐怖、心配、思いわずらい、苦労、徹夜というようなものも貨幣が消滅した瞬間に消滅し、おまけに、これだけが貨幣を必要としているように見えるもの、つまり貧困さえもが、貨幣がどこでも全廃されればさっそく消えてしまいます。（「ユートピア」）</p>
</div>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_foot.jpg" width="455" height="25"/></p>
<p>
　モアをたんなる空想的な社会主義者ととらえるのは誤りである。『ユートピア』は著者のトマス・モアが旅行者ヒュトロダエウスからユートピア島についての話を聞くという構成になっている（新大陸発見の時期と重なる）。ヒュトロダエウスが「私は、私有財産がまず廃止されないかぎり、ものが、どんな意味においてであれ平等、公正に分配されることはなく、人間生活の全体が幸福になるということもないと確信しております」といえば、登場人物のモアは「自己利得という動機から労働に駆りたてられることもなく、他人の勤労をあてにする気持で怠け者になり、だれしも働かなくなるようになれば、物資の豊富な供給などはいったいどうしてありえましょうか」と応じている。<br />
　国王の命を受けて痛烈なプロテスタント批判（『反ルター論』）を書いたモアが最後に選んだ役は、カトリックの殉教者の役だった。投獄、裁判、処刑にいたるまで見事にその役を演じきったモアの最後の言葉は「国王のよきしもべとして、だが、まず第一に神のしもべとして死ぬ」だった。</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/book_baner.jpg" width="455" height="68"/></p>
<div id="book">
<p><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/03/ユートピア.jpg" alt="" title="" width="127" height="185" class="alignnone size-full wp-image-485" /><strong>ユートピア</strong><br />
<span>トマス・モア／沢田昭夫訳（中公文庫）</span><br />
『ユートピア』は、その後のユートピア文学の元祖になっただけではなく、未来の「どこにもない場所」を描くＳＦの原型ともなった。合理的な理想社会と徹底した管理社会は紙一重である。20世紀のディストピア（反ユートピア）小説は、その恐怖を描いている。</p>
</div>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>トマス・アクィナス</title>
		<link>http://www.agopan-ihara.com/aquinas</link>
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		<pubDate>Thu, 04 Feb 2010 03:48:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>agopan-ihara</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[哲学は神学の婢（はしため）である。

Thomas Aquinas［1225－1274］
中世最大の哲学者。南イタリアの貴族の血筋をひく一家に生まれる。18歳のとき、清貧を戒律にした托鉢修道会ドミニコ会に入会、家族の猛反対にあう。神学の初学者のための入門書『神学大全』を執筆。第3部未完のまま死去。







　聖書の世界をいかに読み解き、それをひとつの体系として提示するか。キリスト教の体系化は、新訳聖書の成立後、長い年月にわたっておこなわれた。5世紀、アウグスティヌスはキリスト教にプラトン哲学を導入し、見事に融合させた。13世紀、キリスト教にアリストテレス哲学を導入し、キリスト教の体系を完成させたのがトマス・アクィナスである。
　アリストテレスの著作はヨーロッパではそのほとんどが失われていたが、古代の文献を数多く保存していたイスラム世界との交流によって12世紀以降に逆輸入された。それによって、信仰に基づく神学と自然主義的なアリストテレス哲学の間でどのように折り合いをつけるかが神学者の課題となった。アクィナスの最大の功績は、宗教的信と哲学的知を明確に区別し、後者を前者の下位に置くことによって両者を調和させたことにある。このような調停には、神学、哲学双方の博識と、知的統合の力業が必要であったことはいうまでもない。
　『神学大全』はスコラ（ラテン語で「学校（＝大学）」を意味する）学的方法によって書かれている。すなわち、ある命題について肯定と否定（プロとコントラ）両者の立場とその理由が示され、それらが弁証法的に考察されるのである。
　例えば、第1部第1問第5項「聖なる教えは他の諸学よりも高位のものであるか」について見てみよう。まず、否定の立場とその理由が示される。一、信仰箇条を原理とする聖なる教えは疑う余地があり、他の諸学に比べて確実性が低いので、高位のものではない。二、聖なる教えは他の諸学の知識を借りることがある。よって高位のものではない。続いて、典拠とトマスの見解が示された後で、肯定の立場とその理由が示される。一、信仰箇条について疑いの生ずることがあるとしても、それは事柄自体の不確実のためではなく、人間知性の弱さのためである。最も高い事柄について持つことのできる知は、たとえごく僅かであっても、つまらぬ事柄について持つことのできる最も確実な知識より望ましい。



二　についてはいわねばならない。この学〔神学〕は哲学的諸学問から何かを受け取ることもありうるが、それはぜひともこれらの学問を必要とするためではなくて、この学において伝えられる事柄をいっそう明瞭にするためである。実際この学はその原理を他の諸学からではなく直接に神から、啓示によって受け取っている。それゆえこの学は他の学を…いわば自分より下位のもの、ないし婢として使用する。（「神学大全」）



　『神学大全』は、その構成の均斉美と壮大さによって、しばしばゴシック大聖堂にたとえられる。死の前年、ミサ中トマスに突然心境の変化が起こり、以後放心状態に陥る。トマスは友人に「これまでやってきた仕事はわらくずのように思われる」と語ったという。ダンテの『神曲』に登場するトマスは天国で清貧の功徳を説いている。



君主の統治について／謹んでキプロス王に捧げる
トマス・アクィナス／柴田平三郎訳（岩波文庫）
王権神授説以前のかなりリベラルな王制論（「こんな君主は××だ！」）。一托鉢修道士が王に向かって君主のあるべき姿を説くこと自体がその左証である。



]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>哲学は神学の婢（はしため）である。</h3>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/profile_baner.jpg" width="455" height="57"/></p>
<h4><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/トマス・アクィナス.jpg" alt="" title="" width="90" height="110" class="alignnone size-full wp-image-373" /><strong>Thomas Aquinas［1225－1274］</strong><br />
中世最大の哲学者。南イタリアの貴族の血筋をひく一家に生まれる。18歳のとき、清貧を戒律にした托鉢修道会ドミニコ会に入会、家族の猛反対にあう。神学の初学者のための入門書『神学大全』を執筆。第3部未完のまま死去。</h4>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
<div id="manga">
<div id="manga-img">
<p id="mycycle" jg="cycle" jg:cycle="fx:'scrollRight',speed:1500,timeout:0,next:'#mycycle',pause:1"><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/0.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-387" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/1.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-386" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/2.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-385" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/3.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-384" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/4.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-383" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/0.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-387" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/5.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-382" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/6.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-381" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/7.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-380" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/8.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-379" /></p>
</div>
</div>
<p>
　聖書の世界をいかに読み解き、それをひとつの体系として提示するか。キリスト教の体系化は、新訳聖書の成立後、長い年月にわたっておこなわれた。5世紀、アウグスティヌスはキリスト教にプラトン哲学を導入し、見事に融合させた。13世紀、キリスト教にアリストテレス哲学を導入し、キリスト教の体系を完成させたのがトマス・アクィナスである。<br />
　アリストテレスの著作はヨーロッパではそのほとんどが失われていたが、古代の文献を数多く保存していたイスラム世界との交流によって12世紀以降に逆輸入された。それによって、信仰に基づく神学と自然主義的なアリストテレス哲学の間でどのように折り合いをつけるかが神学者の課題となった。アクィナスの最大の功績は、宗教的信と哲学的知を明確に区別し、後者を前者の下位に置くことによって両者を調和させたことにある。このような調停には、神学、哲学双方の博識と、知的統合の力業が必要であったことはいうまでもない。<br />
　『神学大全』はスコラ（ラテン語で「学校（＝大学）」を意味する）学的方法によって書かれている。すなわち、ある命題について肯定と否定（プロとコントラ）両者の立場とその理由が示され、それらが弁証法的に考察されるのである。<br />
　例えば、第1部第1問第5項「聖なる教えは他の諸学よりも高位のものであるか」について見てみよう。まず、否定の立場とその理由が示される。一、信仰箇条を原理とする聖なる教えは疑う余地があり、他の諸学に比べて確実性が低いので、高位のものではない。二、聖なる教えは他の諸学の知識を借りることがある。よって高位のものではない。続いて、典拠とトマスの見解が示された後で、肯定の立場とその理由が示される。一、信仰箇条について疑いの生ずることがあるとしても、それは事柄自体の不確実のためではなく、人間知性の弱さのためである。最も高い事柄について持つことのできる知は、たとえごく僅かであっても、つまらぬ事柄について持つことのできる最も確実な知識より望ましい。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_head.jpg" width="455" height="20"/></p>
<div id="quotation">
<p>二　についてはいわねばならない。この学〔神学〕は哲学的諸学問から何かを受け取ることもありうるが、それはぜひともこれらの学問を必要とするためではなくて、この学において伝えられる事柄をいっそう明瞭にするためである。実際この学はその原理を他の諸学からではなく直接に神から、啓示によって受け取っている。それゆえこの学は他の学を…いわば自分より下位のもの、ないし婢として使用する。（「神学大全」）</p>
</div>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_foot.jpg" width="455" height="25"/></p>
<p>
　『神学大全』は、その構成の均斉美と壮大さによって、しばしばゴシック大聖堂にたとえられる。死の前年、ミサ中トマスに突然心境の変化が起こり、以後放心状態に陥る。トマスは友人に「これまでやってきた仕事はわらくずのように思われる」と語ったという。ダンテの『神曲』に登場するトマスは天国で清貧の功徳を説いている。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/book_baner.jpg" width="455" height="68"/></p>
<div id="book">
<p><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/02/君主の統治について.jpg" alt="" title="" width="127" height="179" class="alignnone size-full wp-image-397" /><strong>君主の統治について／謹んでキプロス王に捧げる</strong><br />
<span>トマス・アクィナス／柴田平三郎訳（岩波文庫）</span><br />
王権神授説以前のかなりリベラルな王制論（「こんな君主は××だ！」）。一托鉢修道士が王に向かって君主のあるべき姿を説くこと自体がその左証である。
</p>
</div>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>アウグスティヌス</title>
		<link>http://www.agopan-ihara.com/augustine</link>
		<comments>http://www.agopan-ihara.com/augustine#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 09 Jan 2010 13:18:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>agopan-ihara</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.agopan-ihara.com/?p=335</guid>
		<description><![CDATA[あなたは私たちを
あなたに向けて造られ、
私たちの心は、あなたのうちに
安らうまでは安んじない。

Augustine［354－430］
異教徒の父と敬虔なキリスト教徒の母の間に生まれた。32歳のとき、キリスト教へ回心し、翌年洗礼を受ける。生まれ故郷に近い北アフリカのヒッポで司教を務め、初期キリスト教の理論化に大きな役割を果たした。








　人間は天と地に引き裂かれた存在である。魂は天上を求めながら、体は地上にあるからだ。天（私たちが仰ぎ見る天ではなく、時空を超えた「天の天」）とは神の存在する場所であり、地とは「土の塵（ちり）」、すなわち虚無である。最初の人間アダムはこの「土（アダマ）の塵」から神によって造られたとされる（「創世記」）。
　それはそのまま、私たちの魂と肉体の対立――魂が肉体に勝利するのか、肉体が魂に勝利するのか――に置き換えられる。肉体の欲望に縛られた人間は生まれつき罪深い（原罪）。人間は欲望に打ち克ち、己を支配して、神のほうに向け直さなければならない。それが回心である。
　アウグスティヌスがとりわけ苦しんだのが己の情欲であった。彼は一子をもうけた女性との14年間の同棲生活の後、家柄のよい10歳の少女と婚約したが、結婚年齢に達するのを待ちきれずに、また別の女性と関係を結んでいる。神の存在について確信していたにもかかわらず、彼の回心を妨げていたのは、色欲の捨てがたさであった。アウグスティヌスは神に向かって「貞淑と節制を与えてください。ただし、いますぐにではありません」と述べている。
　しかし、その時は突然やってきた。回心の場面はなかなかドラマチックである。




「もうどれほどでしょうか。もうどれほどでしょうか。あすでしょうか。そしてあすでしょうか。なぜいまではないのですか。なぜいまがわたしの汚辱の終わりではないのですか。」わたしはこのように訴えて、わたしの心は苦しい悔恨のうちに泣いていた。すると、どうであろう。隣の家から、男の子か女の子かはしらないが、子供の声が聞こえた。そして歌うように、「取って読め、取って読め」と何度も繰り返していた。……それでわたしは溢れ出る涙を抑えて立ち上がり、わたしが聖書を開いて最初に目にとまった章を読めという神の命令に他ならないと解釈した。……わたしはそれを手に取ってみて、最初に目に触れた章を黙って読んだ。「宴楽と泥酔、好色と淫乱、争いと嫉（ねた）みを捨てても、主イエス・キリストを着るがよい。肉の欲望を充たすことに心を向けてはならない」。……この節を読み終わると、たちまち平安の光ともいうべきものがわたしの心の中に満ち溢れて、疑惑の闇はすっかり消え失せた…。（「告白」）




　マニ教、占星術、アカデメイア派の懐疑論、新プラトン主義など様々な思想的遍歴をへて、最後にたどり着いたのが幼少のみぎりに母から教えを受けたキリスト教であった。『告白』における半生の回顧（第1巻～第9巻）が、故郷に帰る途上で死を看取った母への賛美で終わっているのは至極当然である。続く第10巻の記憶論、第11巻の時間論は、後世の記憶論、時間論に多大な影響を与えた。




告白（上・下）
聖アウグスティヌス／服部英次郎訳（岩波文庫）
告白とは罪の懺悔であると同時に神への賛美でもある。図らずも本書は史上初の自叙伝にして、「私」について語る数多の告白文学の嚆矢（こうし）となった。


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>あなたは私たちを<br />
あなたに向けて造られ、<br />
私たちの心は、あなたのうちに<br />
安らうまでは安んじない。</h3>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/profile_baner.jpg" width="455" height="57"/></p>
<h4><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/01/アウグスティヌス.jpg" alt="" title="" width="90" height="110" class="alignnone size-full wp-image-340" /><strong>Augustine［354－430］</strong><br />
異教徒の父と敬虔なキリスト教徒の母の間に生まれた。32歳のとき、キリスト教へ回心し、翌年洗礼を受ける。生まれ故郷に近い北アフリカのヒッポで司教を務め、初期キリスト教の理論化に大きな役割を果たした。</h4>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
<div id="manga">
<div id="manga-img">
<p id="mycycle" jg="cycle" jg:cycle="fx:'scrollRight',speed:1500,timeout:0,next:'#mycycle',pause:1"><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/01/0.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-347" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/01/12.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-365" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/01/2.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-345" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/01/3.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-344" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/01/41.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-361" />
</p>
</div>
</div>
<p>
　人間は天と地に引き裂かれた存在である。魂は天上を求めながら、体は地上にあるからだ。天（私たちが仰ぎ見る天ではなく、時空を超えた「天の天」）とは神の存在する場所であり、地とは「土の塵（ちり）」、すなわち虚無である。最初の人間アダムはこの「土（アダマ）の塵」から神によって造られたとされる（「創世記」）。<br />
　それはそのまま、私たちの魂と肉体の対立――魂が肉体に勝利するのか、肉体が魂に勝利するのか――に置き換えられる。肉体の欲望に縛られた人間は生まれつき罪深い（原罪）。人間は欲望に打ち克ち、己を支配して、神のほうに向け直さなければならない。それが回心である。<br />
　アウグスティヌスがとりわけ苦しんだのが己の情欲であった。彼は一子をもうけた女性との14年間の同棲生活の後、家柄のよい10歳の少女と婚約したが、結婚年齢に達するのを待ちきれずに、また別の女性と関係を結んでいる。神の存在について確信していたにもかかわらず、彼の回心を妨げていたのは、色欲の捨てがたさであった。アウグスティヌスは神に向かって「貞淑と節制を与えてください。ただし、いますぐにではありません」と述べている。<br />
　しかし、その時は突然やってきた。回心の場面はなかなかドラマチックである。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_head.jpg" width="455" height="20"/></p>
<div id="quotation">
<p>
「もうどれほどでしょうか。もうどれほどでしょうか。あすでしょうか。そしてあすでしょうか。なぜいまではないのですか。なぜいまがわたしの汚辱の終わりではないのですか。」わたしはこのように訴えて、わたしの心は苦しい悔恨のうちに泣いていた。すると、どうであろう。隣の家から、男の子か女の子かはしらないが、子供の声が聞こえた。そして歌うように、「取って読め、取って読め」と何度も繰り返していた。……それでわたしは溢れ出る涙を抑えて立ち上がり、わたしが聖書を開いて最初に目にとまった章を読めという神の命令に他ならないと解釈した。……わたしはそれを手に取ってみて、最初に目に触れた章を黙って読んだ。「宴楽と泥酔、好色と淫乱、争いと嫉（ねた）みを捨てても、主イエス・キリストを着るがよい。肉の欲望を充たすことに心を向けてはならない」。……この節を読み終わると、たちまち平安の光ともいうべきものがわたしの心の中に満ち溢れて、疑惑の闇はすっかり消え失せた…。（「告白」）
</p>
</div>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_foot.jpg" width="455" height="25"/></p>
<p>
　マニ教、占星術、アカデメイア派の懐疑論、新プラトン主義など様々な思想的遍歴をへて、最後にたどり着いたのが幼少のみぎりに母から教えを受けたキリスト教であった。『告白』における半生の回顧（第1巻～第9巻）が、故郷に帰る途上で死を看取った母への賛美で終わっているのは至極当然である。続く第10巻の記憶論、第11巻の時間論は、後世の記憶論、時間論に多大な影響を与えた。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/book_baner.jpg" width="455" height="68"/></p>
<div id="book">
<p>
<img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2010/01/告白.jpg" alt="" title="" width="128" height="182" class="alignnone size-full wp-image-350" /><strong>告白（上・下）</strong><br />
<span>聖アウグスティヌス／服部英次郎訳（岩波文庫）</span><br />
告白とは罪の懺悔であると同時に神への賛美でもある。図らずも本書は史上初の自叙伝にして、「私」について語る数多の告白文学の嚆矢（こうし）となった。</p>
</div>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
]]></content:encoded>
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		<title>アリストテレス</title>
		<link>http://www.agopan-ihara.com/aristotle</link>
		<comments>http://www.agopan-ihara.com/aristotle#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 18 Dec 2009 01:25:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>agopan-ihara</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[人間は生まれながらにして
社会的動物である。

Aristotle［前384－前322］
古代ギリシアの哲学者。プラトンの学園（アカデメイア）で学ぶ。アレクサンドロス（後のアレクサンドロス大王）の家庭教師を務めたあと、自らの学園を創設、充実した学究生活を送った。






　『アテネの学堂』（ラファエロ作、1509-10年）と題された有名な絵がある。その中心に描かれた二人の人物――プラトンが天上を指さしているのに対して、アリストテレスは手のひらを地上に向けている。私はイデア界ではなく、この現実世界のことを考えるというジェスチャであろう。実際、アリストテレスは自然学（フィジカ）を体系化し、今日の自然科学の基礎を作った。彼の形而上学（メタ・フィジカ）もこれと不可分の関係にある。
　アリストテレスは師プラトンの超越的なイデア論を否定した。事物の本質は事物から離れてあるものではなく、事物に内在するものである。アリストテレスは個々の事物に内在する形相（かたち）こそが本質であるとした。


例えば、何ゆえにこれ〔このレンガや石など〕が家であるか。家の本質〔家の形相〕がそれにあるからである。……こうして質料〔レンガや石〕がそれによって特定のもの〔家〕となるその原因、つまり形相が探究されるのである。（「形而上学」）


　家はレンガや石といった材料（＝質料因）に、適切な形と構造（＝形相因）を与えて初めて家としての機能（＝目的因）を持つ。これに起動因（制作者）を加えれば、生成変化する万物の四原因となる（究極的な制作者は神である）。
　アリストテレスはまた倫理学の創始者でもあった（『アテネの学堂』のなかでアリストテレスが手にしているのは「倫理学（エチカ）」である）。アリストテレスは中庸の徳を説いた。過度と不足の両極端を避け、あるべき中間を選び取る能力を身につける（＝習慣づける）ことこそが徳のある生き方（幸福の要件）である。ここでもアリストテレスの現実重視の立場は明確である。
　のちに「万学の祖」と呼ばれるアリストテレスの研究は、自然学、形而上学、倫理学を始めとして天文学、気象学、生物学、動物学、心理学、論理学、政治学、修辞学、詩学（芸術論）にまで及ぶ。不幸にして、公刊された彼の著作はすべて失われており、今日「アリストテレス著作集」として読むことができるのは彼が遺した講義ノート類である。



ニコマコス倫理学（上・下）
アリストテレス／高田三郎訳（岩波文庫）
幸福とは何か。どうすれば幸福に生きられるか。「愛の関係を解消すべきか否か」などといった人生の問題について結構具体的に指南してくれる。


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>人間は生まれながらにして<br />
社会的動物である。</h3>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/profile_baner.jpg" width="455" height="57"/></p>
<h4><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/アリストテレス.jpg" alt="" title="" width="90" height="110" class="alignnone size-full wp-image-318" /><strong>Aristotle［前384－前322］</strong><br />
古代ギリシアの哲学者。プラトンの学園（アカデメイア）で学ぶ。アレクサンドロス（後のアレクサンドロス大王）の家庭教師を務めたあと、自らの学園を創設、充実した学究生活を送った。</h4>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
<div id="manga">
<div id="manga-img">
<p id="mycycle" jg="cycle" jg:cycle="fx:'scrollRight',speed:1500,timeout:0,next:'#mycycle',pause:1"><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/1-0.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-328" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/1-1.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-327" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/1-2.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-326" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/1-3.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-325" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/1-4.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-324" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/2-0.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-323" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/2-1.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-322" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/2-2.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-321" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/2-3.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-320" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/2-4.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-319" /></p>
</div>
</div>
<p>　『アテネの学堂』（ラファエロ作、1509-10年）と題された有名な絵がある。その中心に描かれた二人の人物――プラトンが天上を指さしているのに対して、アリストテレスは手のひらを地上に向けている。私はイデア界ではなく、この現実世界のことを考えるというジェスチャであろう。実際、アリストテレスは自然学（フィジカ）を体系化し、今日の自然科学の基礎を作った。彼の形而上学（メタ・フィジカ）もこれと不可分の関係にある。<br />
　アリストテレスは師プラトンの超越的なイデア論を否定した。事物の本質は事物から離れてあるものではなく、事物に内在するものである。アリストテレスは個々の事物に内在する形相（かたち）こそが本質であるとした。</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_head.jpg" width="455" height="20"/></p>
<div id="quotation">
<p>例えば、何ゆえにこれ〔このレンガや石など〕が家であるか。家の本質〔家の形相〕がそれにあるからである。……こうして質料〔レンガや石〕がそれによって特定のもの〔家〕となるその原因、つまり形相が探究されるのである。（「形而上学」）</p>
</div>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_foot.jpg" width="455" height="25"/></p>
<p>　家はレンガや石といった材料（＝質料因）に、適切な形と構造（＝形相因）を与えて初めて家としての機能（＝目的因）を持つ。これに起動因（制作者）を加えれば、生成変化する万物の四原因となる（究極的な制作者は神である）。<br />
　アリストテレスはまた倫理学の創始者でもあった（『アテネの学堂』のなかでアリストテレスが手にしているのは「倫理学（エチカ）」である）。アリストテレスは中庸の徳を説いた。過度と不足の両極端を避け、あるべき中間を選び取る能力を身につける（＝習慣づける）ことこそが徳のある生き方（幸福の要件）である。ここでもアリストテレスの現実重視の立場は明確である。<br />
　のちに「万学の祖」と呼ばれるアリストテレスの研究は、自然学、形而上学、倫理学を始めとして天文学、気象学、生物学、動物学、心理学、論理学、政治学、修辞学、詩学（芸術論）にまで及ぶ。不幸にして、公刊された彼の著作はすべて失われており、今日「アリストテレス著作集」として読むことができるのは彼が遺した講義ノート類である。</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/book_baner.jpg" width="455" height="68"/></p>
<div id="book">
<p>
<img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/ニコマコス倫理学.jpg" alt="" title="" width="128" height="178" class="alignnone size-full wp-image-329" /><strong>ニコマコス倫理学（上・下）</strong><br />
<span>アリストテレス／高田三郎訳（岩波文庫）</span><br />
幸福とは何か。どうすれば幸福に生きられるか。「愛の関係を解消すべきか否か」などといった人生の問題について結構具体的に指南してくれる。</p>
</div>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
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		<title>プラトン</title>
		<link>http://www.agopan-ihara.com/plato</link>
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		<pubDate>Fri, 04 Dec 2009 07:35:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>agopan-ihara</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[善のイデアこそ、
学び知るべき最大のものである。

Plato［前427－前347］
ギリシアの哲学者。ソクラテスの弟子。大学（高等教育機関）の原型となる学園（アカデメイア）を創設し、イデア論を説いた。『国家』、『饗宴』など約25編の対話編がある。







　プラトンはイデア論を展開した。イデアこそが真の実在であり、この世界に存在するものはすべて仮象である。それらは不完全なものであり、移ろいゆくものだからである。プラトンはこの世界の背後に永遠不変の世界（＝イデア界）を想定した。哲学者が相手にするのは、このイデア界である。
　例えば、哲学者は個別的な美について考察するのではなく、「美そのもの（美のイデア）」について考察する。あるものが美しいのは美のイデアが分有されているからである。




たとえ、だれかがぼくに、あるものが美しいことの原因として、あざやかな色とか形とか、その他、何かそのようなものをあげたとしても、ぼくはほかのものは無視して…、ただつぎのことだけを、純粋に、率直に、そしておそらく愚かしく固執する。……ぼくの断言するのは、すべての美しいものは美によって美しいということだ。（「パイドン」）



　有名な「洞窟の比喩」（『国家』）によれば、私たちは洞窟に囚われた囚人であり、灯火によって目の前の壁に映しだされた物の影を唯一の実在として受け取っている。哲学者の使命はこの感覚によってとらえられる世界がたんなる仮象（見かけ）にすぎないことを人々に知らしめ、洞窟の外にある真の世界（イデア界）について探ることである。
　したがって、この世界に存在する個物（イデアの影）をまねて描いた絵画（や詩歌・演劇）は、真実（イデア）から遠ざかること第３番目のもの（影の影）としてプラトンの考える理想国から追放されることになる。芸術的な著作を遺したにもかかわらず、プラトン自身は芸術否定論者だった。




饗宴
プラトン／久保勉訳（岩波文庫）
「饗宴（シンポジオン）」とは「一緒に飲む」という意味。ソクラテスを始め７人の男たちが酒を飲みながら語るのはエロス（愛）について。きわどい話満載。


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>善のイデアこそ、<br />
学び知るべき最大のものである。</h3>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/profile_baner.jpg" width="455" height="57"/></p>
<h4><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/プラトン.jpg" alt="" title="" width="90" height="110" class="alignnone size-full wp-image-201" /><strong>Plato［前427－前347］</strong><br />
ギリシアの哲学者。ソクラテスの弟子。大学（高等教育機関）の原型となる学園（アカデメイア）を創設し、イデア論を説いた。『国家』、『饗宴』など約25編の対話編がある。</h4>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
<div id="manga">
<div id="manga-img">
<p id="mycycle" jg="cycle" jg:cycle="fx:'scrollRight',speed:1500,timeout:0,next:'#mycycle',pause:1"><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/イデアとは.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-313" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/オヤツ.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-311" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/サケ.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-310" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/スコップ.JPG" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-309" /><img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/ドスコイ.jpg" alt="" title="" width="295" height="295" class="alignnone size-full wp-image-315" />
</p>
</div>
</div>
<p>　プラトンはイデア論を展開した。イデアこそが真の実在であり、この世界に存在するものはすべて仮象である。それらは不完全なものであり、移ろいゆくものだからである。プラトンはこの世界の背後に永遠不変の世界（＝イデア界）を想定した。哲学者が相手にするのは、このイデア界である。<br />
　例えば、哲学者は個別的な美について考察するのではなく、「美そのもの（美のイデア）」について考察する。あるものが美しいのは美のイデアが分有されているからである。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_head.jpg" width="455" height="20"/></p>
<div id="quotation">
<p>
たとえ、だれかがぼくに、あるものが美しいことの原因として、あざやかな色とか形とか、その他、何かそのようなものをあげたとしても、ぼくはほかのものは無視して…、ただつぎのことだけを、純粋に、率直に、そしておそらく愚かしく固執する。……ぼくの断言するのは、すべての美しいものは美によって美しいということだ。（「パイドン」）
</p>
</div>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_foot.jpg" width="455" height="25"/></p>
<p>　有名な「洞窟の比喩」（『国家』）によれば、私たちは洞窟に囚われた囚人であり、灯火によって目の前の壁に映しだされた物の影を唯一の実在として受け取っている。哲学者の使命はこの感覚によってとらえられる世界がたんなる仮象（見かけ）にすぎないことを人々に知らしめ、洞窟の外にある真の世界（イデア界）について探ることである。<br />
　したがって、この世界に存在する個物（イデアの影）をまねて描いた絵画（や詩歌・演劇）は、真実（イデア）から遠ざかること第３番目のもの（影の影）としてプラトンの考える理想国から追放されることになる。芸術的な著作を遺したにもかかわらず、プラトン自身は芸術否定論者だった。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/book_baner.jpg" width="455" height="68"/></p>
<div id="book">
<p>
<img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/12/饗宴2.jpg" alt="" title="" width="129" height="180" class="alignnone size-full wp-image-230" /><strong>饗宴</strong><br />
<span>プラトン／久保勉訳（岩波文庫）</span><br />
「饗宴（シンポジオン）」とは「一緒に飲む」という意味。ソクラテスを始め７人の男たちが酒を飲みながら語るのはエロス（愛）について。きわどい話満載。</p>
</div>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
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		<title>ソクラテス</title>
		<link>http://www.agopan-ihara.com/socrates</link>
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		<pubDate>Wed, 18 Nov 2009 01:14:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[自分が教えることは何もない、
自分にできるのは質問することだけだ。

Socrates［前470－前399］
アテネに生まれる。国家の認める神々を認めず、若者を惑わす者として裁判にかけられ、死刑判決を受ける。自ら服毒し70歳で世を去った。









　哲学（フィロソフィー）は、「フィロ（愛する）」「ソフィア（知）」から来ている。「知者」（ソフォス）を自称するソフィストたちに対して、ソクラテスはみずからを知者ではないが、「知を愛し、求める者」（フィロ・ソフォス）＝哲学者と呼んだ。
　ソクラテスの哲学的探究は、「ソクラテスほどの知者はいない」というアポロンの神託から始まる。身に覚えがないソクラテスは、世間で知者だと思われている人達をつかまえては問答し、彼らが実は無知であるということを発見する。




この人間より、わたしは知恵がある。なぜなら、…この男は、知らないのに何か知っているように思っているが、わたしは、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている。だから、つまり、このちょっとしたことで、わたしのほうが知恵があることになるらしい。（「ソクラテスの弁明」）




　ソクラテスはみずからの無知を自覚している。真の知者は神（アポロン）だけである。人間ができるのは、ただ知を愛し求める（＝哲学する）ことだけだ。「無知の知」は、自分は知っているという思いこみから自他を解放することである。
　こうして、根拠を問い直すという哲学の基本的な姿勢を確立したソクラテスだが、世間からは、すべてを疑えと人々に教え、権力や権威ある人びとの無知をあばく危険実物と見なされた。しかし、権力者や権威者をことごとく論破するソクラテスは、若者に絶大な人気があった。
　ソクラテスは、相手に質問をしてそれに答えるという過程を通じて真理に到達する方法＝対話法（ディアレクティケー）を生み出した。真理は対話の中にのみ宿ると考えたソクラテスは、ただの一行も書き残さなかった。彼の思想は42歳年下の弟子プラトンが書いた対話篇を通して知ることができる。




ソクラテスの弁明ほか
プラトン／田中美知太郎・藤澤令夫訳（中央公論新社）
若いプラトンが師匠を偲んで執筆。死を賭して高座に立つソクラテス独演会！



]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h3>自分が教えることは何もない、<br />
自分にできるのは質問することだけだ。</h3>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/profile_baner.jpg" width="455" height="57"/></p>
<h4><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2009/11/01_profile.jpg" width="90" height="110" /><strong>Socrates［前470－前399］</strong><br />
アテネに生まれる。国家の認める神々を認めず、若者を惑わす者として裁判にかけられ、死刑判決を受ける。自ら服毒し70歳で世を去った。<br />
</h4>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
<div id="manga">
<div id="manga-img">
<p id="mycycle" jg="cycle" jg:cycle="fx:'scrollRight',speed:1500,timeout:0,next:'#mycycle',pause:1"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2009/11/01_manga1.jpg" width="295" height="295" /><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2009/11/01_manga2.jpg" width="295" height="295" /><img class="alignnone size-full wp-image-24" src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2009/11/01_manga3.jpg" width="295" height="295" /><img class="alignnone size-full wp-image-25" src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2009/11/01_manga4.jpg" width="295" height="295" />
</p>
</div>
</div>
<p>
　哲学（フィロソフィー）は、「フィロ（愛する）」「ソフィア（知）」から来ている。「知者」（ソフォス）を自称するソフィストたちに対して、ソクラテスはみずからを知者ではないが、「知を愛し、求める者」（フィロ・ソフォス）＝哲学者と呼んだ。<br />
　ソクラテスの哲学的探究は、「ソクラテスほどの知者はいない」というアポロンの神託から始まる。身に覚えがないソクラテスは、世間で知者だと思われている人達をつかまえては問答し、彼らが実は無知であるということを発見する。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_head.jpg" width="455" height="20"/></p>
<div id="quotation">
<p>
この人間より、わたしは知恵がある。なぜなら、…この男は、知らないのに何か知っているように思っているが、わたしは、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている。だから、つまり、このちょっとしたことで、わたしのほうが知恵があることになるらしい。（「ソクラテスの弁明」）
</p>
</div>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/quotation_foot.jpg" width="455" height="25"/></p>
<p>
　ソクラテスはみずからの無知を自覚している。真の知者は神（アポロン）だけである。人間ができるのは、ただ知を愛し求める（＝哲学する）ことだけだ。「無知の知」は、自分は知っているという思いこみから自他を解放することである。<br />
　こうして、根拠を問い直すという哲学の基本的な姿勢を確立したソクラテスだが、世間からは、すべてを疑えと人々に教え、権力や権威ある人びとの無知をあばく危険実物と見なされた。しかし、権力者や権威者をことごとく論破するソクラテスは、若者に絶大な人気があった。<br />
　ソクラテスは、相手に質問をしてそれに答えるという過程を通じて真理に到達する方法＝対話法（ディアレクティケー）を生み出した。真理は対話の中にのみ宿ると考えたソクラテスは、ただの一行も書き残さなかった。彼の思想は42歳年下の弟子プラトンが書いた対話篇を通して知ることができる。
</p>
<p style="padding:0;margin:0;"><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/book_baner.jpg" width="455" height="68"/></p>
<div id="book">
<p>
<img src="http://www.agopan-ihara.com/wp-content/uploads/2009/11/01_book.jpg" width="127" height="200" class="alignnone size-full wp-image-67" /><strong>ソクラテスの弁明ほか</strong><br />
<span>プラトン／田中美知太郎・藤澤令夫訳（中央公論新社）</span><br />
若いプラトンが師匠を偲んで執筆。死を賭して高座に立つソクラテス独演会！
</p>
</div>
<p><img src="http://agopan-ihara.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/space.gif" width="455" height="1"/></p>
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