ホッブズ

自然状態は、戦争状態である。

Hobbes[1588-1679]
イギリスの哲学者。近代国家論の創始者。貴族をパトロンとして生計を立てる。ピューリタン革命を逃れ、パリに亡命。54歳のときパリで出版した『市民論』(1642年)が哲学者としての実質的なデビュー作。63歳のとき、主著『リヴァイアサン』(1651年)をロンドンで出版。享年91歳。

 ホッブズはまず『リヴァイアサン』を人間の本性の分析から始めている。人間は、生まれてから死に至るまで生命活動をし続ける運動体であり、この運動の継続(自己保存)こそが人間にとっての最高の価値である。 
 自然状態において、各人は自己保存の権利(自己保存のためには何をしてもよい無制限の自由)をもっている。したがって、自然状態は戦争状態(万人は万人にとって狼)である。人々は、絶えざる恐怖と、暴力による死の危険に脅かされている。
 この状態を止めるには、各人が自己の権利(自由)の一部(そのすべてではない)を譲り渡す必要がある。ここで呼び出されるのが、「リヴァイアサン」である。

「私はみずからを統治する権利を、この人間または人間の合議体に完全に譲渡することを、つぎの条件のもとに認める。その条件とは、きみもきみの権利を譲渡し、彼のすべての活動を承認することだ」。これが達成され、多数の人々が一個の人格に結合統一されたとき、それは《コモンウェルス》〔共通の利益=国家〕…と呼ばれる。かくてかの偉大なる《大怪物》(リヴァイアサン)が誕生する。(「リヴァイアサン」)

 「リヴァイアサン」は、旧約聖書「ヨブ記」に出てくる「地上に比較されうる何ものもなく、恐れを知らぬように創られた」巨大な海の怪獣である。ここでは、全成員の意志を代表する主権者としての国家であり、平和を維持するために絶対的な権力をもつ。
 ホッブズは社会契約によって国家を作り、国民が国家としての主権者(および法)に従うことによって平和が確立されると説いた。主権者が存在する唯一の目的は、国民の平和と安全であり、その目的に反するいかなることをなす権限も、主権者には与えられていない。
 『リヴァイアサン』の口絵には、剣と牧杖(ぼくじょう)を手にもって平和な田園風景を見下ろしている巨人が描かれている。この巨人は、よく見ると、小さく描かれた無数の人間が寄り集まってできている。リヴァイアサンは、体は人民、頭は主権者でできた国家という《怪物》である。
 ホッブズは、革命の時代に、ひとりの主権者(王)による支配(絶対王政)を正当化した保守派のイデオローグのように見えるけれども、それは誤りである。『リヴァイアサン』は、1649年、イングランドでチャールズ1世が処刑され、共和国が樹立されたのを受けて書かれた。
 ホッブズは共和政の支持者でも王政の支持者でもなかった(ホッブズは、議会派・王党派の両派から受け入れられ、また危険視された)。ホッブズにとって重要だったのは、共和政であれ、王政であれ、内乱を克服し平和を維持する強大な力をもった国家(リヴァイアサン)だったのである。

リヴァイアサン(全4巻)
ホッブズ/水田洋訳(岩波文庫)
絶対王政からピューリタン革命をへて王政復古へ。この未曾有の内乱の時代に国家の起源について原理的に考察。のちのロックやルソーの「社会契約説」に決定的な影響を与えた。